君じゃなきゃダメなんです。

「俺と付き合って!」

生まれて初めて告白を受けた相手は、誰がどう見ても男だった。
言葉を発することもできずに固まっていた俺の目の前にいるその男は、よくよく見れば柔らかそうな黒髪に、綺麗な目鼻立ちで、やけに肌の色も白い。
そっちの気があると言われれば、ああそうだろうなと納得してしまいそうなほどに、目の前の男は美人だった。

(いや、そもそも美人ってーのもおかしいだろ)

女性に使う言葉がするりと出てきて、慌てて自分の思考を否定する。
しかし、その男にはその整った顔立ちには不釣り合いな点がひとつあった。
やたらとあちらこちらが傷だらけなのだ。
相変わらず黙り込んだままの俺に痺れを切らせたのか、男がすっと通る鼻を突き上げて、大きな絆創膏の貼り付いた頬を紅潮させて言った。

「俺、この前君に助けてもらってから、君のことが忘れられないんだよね」

その時のことをぺらぺらと喋る男を半ば無視して、俺はそう言えばこの顔に見覚えがあることに思い至る。

確か二日ほど前のことだ。
工事中のマンションの下を歩いていた俺の頭上から、鉄筋が突如降ってきたのだ。
幸い俺は落下地点からずれていたが、すぐ目の前を歩く黒い頭が、落下速度を上げて間近に迫る鉄筋を前にして、動けなくなっていた。
俺は自分の体質が普通ではないことを承知の上で、その男を庇った。
さすがに血は出たけれど、この通りピンピンしている。
あの時は自分の体質が異常であることを悟られるのが恐ろしくて、ろくに言葉も交わさず逃げるようにその場を去ったのだが、まさか同じ学校の人間だったとは。

「君じゃなきゃだめなんだ」

細くてひんやりと冷たい手が、俺の手を掴む。
誰かとこうして触れ合ったのは、一体いつぶりだろう。
大きな音を立てる心臓の音にくらりとしながら、俺は流されるように頷いた。
こんな俺でも必要とされることがあるなんて。

嬉しさにこの時深く考えていなかったけれど、思えばこの瞬間から俺は両肩に圧し掛かる得体の知れない重圧をしっかりと背負い込んでしまっていたらしい。
すぐにこの男―――臨也がなぜ、俺でなければならないと言ったのかが分かった。

「シズちゃん、大丈夫?」

隣を歩く臨也が、鞄を両腕で抱きかかえたままちらりと俺の様子を窺う。
可愛いと思えば可愛くないこともないが、最近ではこの仕草さえ何か裏にあるのではないだろうかと、生まれて初めてできた恋人相手に疑心暗鬼になっていた。

それも仕方がない。
なんせ臨也は学校では超有名人で、何もないところで転び、街を歩けば何かにぶつかり、頭上からものが落ちて来て、酷い時には事故にさえ巻き込まれるとんでもない不運体質なのだ。
そのせいでいつ見ても怪我だらけなのだが、臨也が特定の恋人を作ると、今度はその恋人が不運体質になるというのだから恐ろしい。
臨也の恋人は誰もが三日と持たずに去っていき、ひっそりと恋人は生贄だとまで噂されるようになっていた。
校内の噂なんてものには全く興味のない俺は、臨也がいわく付きの人間だなんてこれっぽっちも知らなかった。

「俺絆創膏持ってるから貼ってあげるね」

突然上から降ってきた植木鉢に鼻の頭をやられた俺は、鼻の頭を擦りながらひっそりと溜息を吐く。
付き合い始めてまだ二日目だというのに、既に俺は小さな傷を数十個の単位で作っている。
確かにこれでは、普通の人間は命がいくつあっても足りないだろう。

「いらねぇよ、別になくっても平気だ」

絆創膏を貼るから屈めと煩い臨也に、俺はまだじんじんとする鼻の頭を撫でながら言った。
どうせこのくらいの傷は一日二日で治ってしまう。
常人なら鼻の骨が折れていてもおかしくない衝撃でも、俺にとっては掠り傷程度でしかない。

「だめだよ。いくらシズちゃんでも、菌が入ったら治りが遅くなるのは同じだろ?ほらほら、早く!」

言うとおりにしなければ梃子でも動かない。
割と頑固な臨也の目が、じっと見上げてくるものだから、渋々俺は腰を折った。
正直、この歳になって鼻っ面に絆創膏を貼るなんてあまりにも恥ずかしいので遠慮したかったのだが、そうもいかないらしい。

「はい、これでよし」

ぺたりと肌に貼りつく粘着質の感触にむず痒さを感じながら、立ち上がって再び歩き出す。
気恥ずかしさからしばらく目線を合わせず黙っていたが、よく喋るはずの臨也がちっとも喋らなくなってしまって、少し後ろを歩く姿を振り返った。

「……臨也?」

呼びかけた声にこちらを向いた顔は、眉が下がって口もへの字に曲がってしまっていた。

「ごめんね、シズちゃん」
「なんでてめぇが謝る」
「だって、シズちゃんの怪我は俺のせいだし」

噂くらいさすがに知ってるんでしょう?と苦笑しながら言った臨也は、どこか苦しそうだった。
俺が怪我をする度にこんな表情をするこいつを、俺はどうやら見離せないらしい。
明らかに臨也といるようになってから続いている不運を分かっていて、それでもあえて言葉にはしなかった。
そもそも、偶然としか言えない不運が臨也のせいだと言い切れる要素だってどこにもないのだから。

「関係ねぇだろ、噂とか。俺は俺が見たもんしか信じねぇ」

そう言うと、臨也は猫目がちの瞳を見開いて、顎にくしゃりと梅干を作ったかと思うと、アスファルトを勢いよく蹴って俺の腕に抱きついた。

「ありがとう、シズちゃん!」

ついさっきまでの萎れた様子はどこへやら、すっかり笑顔を浮かべている臨也に、少し安堵する。

「おい、道でくっつくなよ…。つうか、その呼び方やめろって言ってるだろうが」
「いいじゃん、シズちゃんって呼び方気に入ったんだもん」

ご機嫌で俺の腕にくっついて歩く臨也を見ると、まあいいかという気になってしまうから不思議だ。
今まで誰の役にも立たなかったこの体質が、こいつを笑わせることに役立つと言うなら、このまましばらく付き合ってみるのも悪くない。
どこまで不運が俺に付き纏うのか、今はまだ分からないけれど。

とある漫画のWパロです。
2011.07.17の池クロ3の無料配布でした。

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