「これが晩御飯なわけないだろ。パフェを晩御飯にする人間がいるかもしれない、ということは否定しないけどね。それともなに?もしかしてシズちゃん、晩御飯代わりにパフェ食べたことあるの?いくら甘いものが好きだからって、それはちょっとどうかと思うよ」
「んな訳ねぇだろ。今19時だぞ、晩飯食うんだと思って俺はついて来たんだよ」
「残念でした。俺、晩御飯食べて来たし。それに人の行動理由を自分の枠にはめて考えるのは良くないよ。俺はここのパフェが美味しいって評判を聞いたから、食べたくなっただけ」

すっかり言い負かされて閉口した俺を余所に、長いスプーンを手に取り、臨也はつやつやと照明を反射して光るアイスを掬った。
形の良い唇の間にアイスが吸い込まれ、スプーンだけが戻ってくる。
ここがもし俺かこいつのマンションだったなら、間違いなく何かをひっくり返している。
沸々と腹の中で煮える怒りを必死でこらえながら、どうしてやろうかと臨也を睨みつけた。
すると唐突に臨也がスプーンを置いて、ペーパーで口元を拭った。

「……やっぱり甘いね。もういいや」

パフェって最初の何口かが最高に美味しいよね。
そう言ってコーヒーに手を伸ばした臨也は、もうすっかり目の前のパフェからは興味を失っているようだ。

「残すの勿体ないし、シズちゃん食べていいよ。食べたくてたまんないんでしょ、本当は」

益々もって意味が分からない。これが食べたくて俺をここへ連れて来たのではないのか。
仮に、食べられない俺に対して嫌がらせをしたかったとしても、譲ってしまうのでは意味がない。

確かに、確かに目の前のパフェは甘いものに目がない俺にとって、本当に魅力的な存在だ。
まさか池袋で堂々とパフェを頬張ることなどできるはずもないので、滅多に口にはできない。
かといって池袋以外の場所でも、男がパフェを食べるなんてどうにも気恥しいため頼めない。
つまり、パフェというものは俺にとって非常に希少価値の高いデザートだ。
それをまるで見せつけるように口へと運ぶ臨也に、段々と俺の怒りも湧き上がったのは間違いない。

コーヒーを口に含んで甘さを相殺した臨也は、はい、とパフェの乗った皿を突き出した。
臨也の気がころころと変わりやすいことは理解しているが、それにしたって今日は酷い。

「おい、臨也」
「あーはいはい、遠慮しなくていいよ。あ、もしかしてお金の心配してる?さすがに食べかけのパフェに対して貧乏なシズちゃんにお金請求したりしないよ、俺」
「そういう話じゃねぇよ」

手をつけるにつけられない。
そんな状況の中、臨也が持っている複数の携帯の内の一つがブルブルと震動した。
怒る切欠も理由を問いただす流れも失い、俺は再び口を噤んだ。
仕事用の携帯が鳴っているのであれば、俺は口出ししないという暗黙のルールがあるからだ。

「ちょっと電話してくるね」

席を立った臨也の様子から、やはり仕事関連の電話だったらしい。
目の前に残されたパフェは既に溶けかけていて、仕方なく俺はパフェにスプーンを突っ込んだ。
口の中に広がるバニラアイスのさっぱりとした甘さと、デコレーションのチョコレートが混じり合う。
続いてチョコレート味のアイスを頬張り、一緒にバナナと生クリームも口の中に放り込む。

久しぶりに食べるパフェは文句なく美味しくて、臨也に抱いていた文句も怒りも落ち着いていく。
まあ、これだけ美味しいのなら少し振り回されたくらい大目に見てやろう。
それにしたって本当に美味しい。特にチョコレートが断然美味しい。
甘すぎず苦すぎず、他のトッピングと上手く主張し合っていてバランスも抜群だ。
これほど美味しいデザートがあるのなら、他のデザートもきっと美味しいに違いない。
臨也が席を立っているのをいいことに、俺は机の端に収まっていたメニューを手に取る。
片手でパフェを突っつくのは忘れない。

「………ん?」

スプーンを口に入れたまま、俺はメニューの一ページ目で首を傾げた。
そこには横文字で書かれたValentine’s Dayという文字と、いくつも散らばる赤やピンクのハート柄。
並んだメニューはどれもチョコレートやハート型のもので、あからさまにバレンタインを主張している。
その中でたった一つ、見た目だけでははっきりとバレンタインを意識することができないものがあった。
それが今、俺が頬張っているパフェだ。

(―――なるほど)

メニューをぱたりと閉じ、元あった場所へと戻す。
目の前にあるチョコレートパフェに俺はそっと目を細め、小さく笑った。

つまりこれまでの臨也の訳の分からない行動は、全てお芝居だったということだ。
いつになく口数が減っていたのも、窓の外ばかり眺めていたのも、好きでもないパフェを頼んだのも。
俺にでさえ見ぬけてしまうほど、下手くそな嘘の数々も。
なんて分かりにくくて不器用で、けれどあまりに臨也らしい。

素直にチョコレートを渡すはずがない臨也が、考えた末に見つけた打開策だったようだ。
普段イベントごとに疎い俺がバレンタインに気付いていないことも、作戦の内に入っていたのだろう。
メニューを見られると俺に感づかれてしまうから、自分の手の中に抱え込んだ。
そして名前も告げず、全て食べられもしないパフェを、最終的には俺に食べさせるために頼んだ。
この店のチョコレートが格段に美味しいことも、バレンタインらしさを感じさせないメニューがあることも、何もかも臨也お得意の情報収集が力を発揮したに違いない。

仕事をしている時の臨也を知らないが、恐らくこんなに簡単に嘘や芝居がばれるような抜けたことはしていないだろう。
それがどうだ、俺が絡んだ途端に頭の回転がお世辞にも良いとは言えない自分にでさえ、簡単に解けてしまうほど脆い。

すっかり気分を良くした俺は、残りのパフェをしっかり味わいながら咀嚼する。
電話を終えた臨也が戻ってきたころには、ガラスの容器は空になっていた。

「もう食べたんだ。よく食べられるね、こんなに甘いもの」

綺麗にぺろりと平らげたパフェの残骸を見つめ、臨也は呆れを含んだ声音で言った。
そんな仕草も今の俺にとっては可愛いもので、ふつりとも怒りは湧いてこない。

「そりゃあ、残すわけにはいかねぇだろ。今日は2月14日だしなぁ、臨也くんよぉ」

片腕をテーブルについて口角を上げると、臨也はあからさまに耳を真っ赤にして目を見開いた。
まさか俺が気付いているとは想像さえしていなかったのだろう。
やがて俯いて窓の外へと視線を逃がした臨也は、それでも動揺を隠せずにいる。

「気付いてたの?性質が悪い」
「さっき気付いたんだよ。そういや街ん中も騒がしかった」
「…鈍感なんだか、敏いんだか。ほんとキミって俺の思うようにならないよね」

コーヒーをひと口啜った臨也は、観念したと言うように視線を戻し、苦笑した。
その何の含みもない、照れ隠しの笑みがすとんと俺の胸に落ちて、同じように笑う。
ほんのひととき俺の前に現れた微かな甘さは、それでも俺の頭の中に確かに甘い味を残した。

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