ドアを蹴破る勢いで飛び込んできたサンジは今、ゾロの前で唇を真一文字に引き結んだまま、むんずと一言も喋らずにこちらを睨んでいる。
ぶるぶると震える肩と今にも湯気を吹き出しそうな赤い頬が、サンジが甚くご立腹であるという事実をゾロに教えてくれている。
なぜ怒っているのかは、なんとなく分かる。今回ばかりはいくら鈍いゾロでも、カレンダーを見れば予想がついた。
今日は11月12日。時刻は午前1時前。―――昨日はゾロの誕生日だ。
けれどゾロはすっかり自分の誕生日など忘れて、普通に飲んだくれて夜を過ごした。
自分から誕生日を教えることももちろんしないので、サンジはゾロの誕生日を知らなかった。
だから普段は煩いほどよく回る口もすっかり言葉を失い、怒りに震えているという訳だ。
この、イベント好きの寂しがりな恋人は。
「……どうして言わなかったんだよ」
しばらく突っ立ったままお互い気まずい空気をなんとか飲み込んでいると、サンジが痺れを切らしたのか、ぽつりと呟いた。
「………」
「いや、いい。予想はつく。お前のことだ、大方忘れてたんだろ?」
溜息を吐きながら視線を落としたサンジに、ゾロは後頭をバリバリと掻くことで返事をした。
なんだか非常にやばい雰囲気だ。
普段はぎゃーぎゃーと捲し立てて怒るサンジが、こうして静かに怒りをぶつけてくるということは、心底怒っているという証拠だ。
これは少々厄介だと、ゾロは本腰を入れてサンジを宥めにかかった。
「悪かったよ」
「何が悪かっただ!てめぇ、ほんとに悪かったと思ってんのか?」
ゾロが謝罪を述べた途端、サンジはゾロに掴みかかった。
誕生日というものにそれほど執着のないゾロには、正直サンジがここまで起こる理由が皆目見当もつかない。
20歳を過ぎたいい大人が、男二人で誕生日を祝って何が楽しいのだ。
そうは思うものの、サンジは実際に今ブチ切れている。
ほとほと困り果てて、胸倉を掴まれたまま溜息を吐くと、サンジが大きく目を見開いた。
「…誕生日は、大事なんだぞ。年に一回しかねぇんだぞ?」
「ああ、そうだな」
「お前ぇと、こうなってからの初めての誕生日くれぇ、…ちゃんと、祝いてぇだろ…っ。なのに、なのにおれ……」
突然、サンジの目から涙がぽろりと零れた。
ゾロはぎょっとして、サンジの潤んだ瞳をじっと見守った。
見開かれたままの瞳からはどんどん涙が溢れ、上気した頬を滑り落ちていく。
ゾロを掴むサンジの指先に、きゅっと力が籠った。
「おい…!」
慌ててサンジを引きよせて背中をさするが、サンジは益々しゃくり上げて泣き止まない。
安っぽいメロドラマのワンシーンに、馬鹿みたいに涙を流す姿は何度も見た。
けれどこんな風に幼い子供のように泣きじゃくるサンジを、どう扱えばよいのか分からない。
「……独りだったのか?」
ゾロの胸元でずずっと鼻をすすり、サンジが呟いた。
「あ?…ああ、まあ。一人で飲んでた」
「誕生日の夜に独りで酒かよ!」
泣いているのか怒っているのか、既によく分からない状態で喚き、再びぶわっと涙を溢れさせる。
動揺し過ぎて言い訳の言葉さえ、ゾロにはもう浮かんでこない。
「な、なんだよ…おれ、普通にバイト行っちまったじゃねぇか…。て、てめぇが言わねぇから、…っバイトの後のんきに仲間とグラビアのお姉さまとか見ちまったじゃねぇか…っ!」
「悪かったって…」
「謝ったって遅ぇんだよ!バカマリモ!!もうてめぇの誕生日は終わっちまったんだよ!」
ゾロのシャツを両手で握りしめて、サンジは情けなく涙をすすりながら悪態を吐く。
されるがままにサンジの言葉を聞いていると、ゾロまでなんだか泣きたくなる。
しがみついているのサンジは非常に可愛いが、泣かれるとたちまち動けなくなってしまう。
「お、おれだって…っ、ケ、ケーキとか、クソうめぇ飯とか作って、てめぇのこと、祝いたかった……っ」
とうとうわーわー泣きだしたサンジの、涙で濡れた頬をごしごしと親指で拭う。
それから勢いでぐっと抱きよせて、小さい頭を何度も何度も撫でる。
なんだかよく分からない、沸き上がるほっこりとした感覚を上手く表現できずに、ゾロはサンジの引き寄せた頭のすぐそばで、短く呟いた。
「ばか」
「うっ、うっせぇ…っ」
ぐずぐず鼻を鳴らすサンジの髪をかき混ぜて、ゾロは小さく笑った。
なんだ、この可愛らしい生き物は。
ゾロが誕生日を教えなかったことに怒っているというよりは、知らなかったことで祝えなかった自分に怒っているらしい。
「十分だ。走って帰って来たんだろ?」
「でも、全然間に合ってねぇし…」
不貞腐れて唇を突き出したサンジは、どうやらまだ不服らしい。
ゾロとしてはこんな風に泣いて怒って悔やんでくれただけで、非常に満足だ。
元々祝ってもらうつもりもなかったのだから、当然と言えば当然だけれど。
「……腹減った。なんか食いてぇ」
「…へ?」
「なんか食わせろ」
きょとんとしたままのサンジに尚も詰め寄る。
腹が減っていたのは事実だし、食わせたかったという、クソうめぇ飯をどうせなら頂きたい。
何か作れば恐らくサンジの気も落ち付くだろうし、満足するだろうという判断だ。
しばらく無言できょときょとと視線を彷徨わせていたサンジは、やがて恥じらうように視線を上げた。
「…今からかよ。てめぇん家、大した食材もねぇのに」
「じゃあいい。今はお前ぇを食う。飯は明日だ」
「はぁ!?って、ちょ…んむっ」
いきなり素っ頓狂な声を上げた口を問答無用で塞いで、けれどすぐに解放する。
ここで本気になってしまうと、背中が痛いだの、カーペットが汚れるだの、後々小言を言われるのはゾロなのだ。
耳までピンク色に染まったサンジの反応に、うんうんと一人心の中で満足げに頷いて、ゾロは口角を上げた。
サンジはというと、悔しげにした唇を突き上げてゾロを睨んでいる。
泣いたせいで目が真っ赤なので、それほど凶悪ではないのがまたそそる。
「たんじょーび」
「………っわぁーってるよ!その顔でこっち見んな!大たい態度でけぇんだよてめぇは!!」
ようやくいつもの調子が戻ってきた様子のサンジに、おかしくなって今度は噴き出した。
なんだかんだと煩く喚く癖に、捕えられた腕の中から抜け出さないところがまたいい。
(案外、誕生日ってぇのはいいもんだな)
抱きしめたサンジの感触を噛みしめて、ゾロは早くも来年の誕生日のことに思いを馳せた。
「ムラ息子A」の芋餡さんからのリクエスト、甘くて「ばか」というゾロでした。ありがとう!
タイトルには二つ意味があって、ゾロのことをもっと教えて欲しいサンジの気持ちと、
これからも一緒にいて、たくさんほっこりできることを教えて欲しいゾロの気持ちになっています。