春島が近いのか、船を運ぶ風は柔らかくて穏やかだ。
寒くもなく熱くもない気温と、丁度いい具合の日差しがメリーの甲板を照らす。
煙草を咥えて一息吐けば、とろんと目蓋が落ちてしまった。
そういえばここはいつものゾロのお昼寝ゾーンだった、というのがさっきまでの最後の記憶だ。
そして今、なんだか重たいものが頭の上に乗せられている。
意識がふと浮上して初めに感じたのは、そんな感覚だった。
時折頭を重いものが頭をぽんぽんと撫ぜて、サンジの自慢の髪がさらさらと風に流される。
よく分からないけれど、とても気持ちがいい。
再び眠気が舞い戻って来て、薄っすら開いた目蓋を落とそうとすると、頭上から声が降ってきた。
「起きたか?」
その声に引っ張られて、サンジは緩やかなまどろみから抜け出した。
「……マリモ」
「起き抜けの一言がそれかよ」
ムスっとした唇を持ち上げたゾロが、サンジを見下ろしている。
ゾロの左手はダンベルを持ち、もう片方はサンジの頭の上に置かれている。
(コイツの手だったのか)
どうりで熱くて重くて太いわけだ。
けれどそんな手が心地よいと思ってしまった自分を思い出して、サンジの体温が急激に上昇する。
「お前ぇが昼寝なんて珍しいな」
「そういうてめぇこそ、光合成はどうした」
大事なマリモちゃんが栄養不足で枯れちまうぜ?
赤くなった顔を隠しながら起き上がり、いつものように憎まれ口を叩く。
ゾロは眉間の皺を深くしたけれど、ケンカには乗ってこない。
自然と離れてしまった熱い手が、一層恋しく思えた。
「お前ぇがいつもおれの頭触ってっからよ」
どんなもんかと思って触ってみたら案外楽しくて、それで寝るのが勿体無くなってしまったらしい。
「やわらけぇしサラサラで、気持ちよかった」
にやり、と口角を意地悪く釣り上げて笑ったゾロに、サンジは益々頬を赤く染める。
極めつけに耳元から項にふわりと触れられて、とうとう平常心ではいられなくなった。
「あ…、当ったりめぇだ!毎日欠かさず手入れしてんだ。てめぇの石鹸で洗っただけの髪と一緒にすんなよ!」
「へーへー」
「頭触るな!くっつくな!こっち見んな!」
適当な返事をしながら再びサンジの髪に指を通したゾロの脛を狙って、蹴りを一発お見舞いしてやる。
変な声を出して蹲ったゾロにふん、と息を吐きながら、サンジは遅めのお菓子作りを始めることにする。
急がなければお子様たち――特にルフィが、腹を空かせてキッチンに飛び込んできてしまう。
そう、そうだ。これは別に照れ隠しなんかじゃない。
うんうん、と一人頷きながら、サンジはシャツの袖を捲りあげた。
「おい」
痛みから復活したゾロが立ち上がった気配がして、すぐに声が掛けられた。
今振り向いたりしたら、首元まで真っ赤に違いない自分の顔が見られてしまう。
もちろんゾロの声なんか無視だ、無視無視。
まるで念仏でも唱えるように、サンジは今日のお菓子のメニューに意識を集中する。
しばらく沈黙が続いて諦めたのか、ゾロはとうとう歩き出した。
床が靴底で軋む音が、ゆっくりとサンジに近づいてくる。
「――また昼寝しろよ」
ふわん、と耳のそばの髪が揺れて、低いゾロの声が響く。
あまりの衝撃に一瞬硬直したサンジがようやく自分の耳を塞いだ頃には、とっくにゾロはいなくなっていた。
ぽかぽかと暖かい日差しをめいっぱい吸収した短い髪に、さくさくと指を通すのはいつもサンジだ。
硬そうに見えて案外手に馴染む珍しすぎる色の髪を撫ぜるのは、密かな楽しみだったりする。
あいつらしい、太陽のにおいと少しの汗のにおいが、こんな陽気の日には心地よい。
鍛練の後に絶妙のタイミングでマリモ特製ドリンクを出してやって、シャワーを浴びてこいと言い、お菓子の準備をしている間にヤツは惰眠を貪り、それをお菓子のついでと言って起こしに行く。
「油断した…」
余計なことをゾロに覚えさせてしまった。
サンジの密かな楽しみがまさかゾロによって返されるなんて。
でも、また昼寝をしてやってもいいかも、とか。
ゾロが嬉しそうに自分の髪に触れる様をちょっと想像して、やっぱり照れくさ過ぎて当分昼寝はできそうにないと思った。