「―――ヤシ、おい!」
身体を激しく揺すぶられる感覚に、目を覚ました。
いつも通りの景色の中に混ざる黒と、頬に掛かる柔らかいもの。
徐々に覚醒する意識の中で、漸く目の前にあるものを認識する。
「カ…、ンダ?」
名前を口にすると、神田は眉間に皺を寄せたまま上体を起こす。
自動的に離れていった神田の髪の感触が、少し寂しいと感じた。
「酷く唸されてたぞ。…またあの夢か」
「いいえ。今日のは少し、違ってました」
「……そうか」
最近僕は専ら夢を見る。
大抵が同じような夢で、僕は独り、何もない空虚に立っている。
何かを求めて必死に走るのだけれど、僕はその内ずるずると深い暗闇に引きずり込まれて、
最後に僕の身体は額の呪い――ペンタクルからウィルスに侵されて、アクマになってしまう夢。
どうやらその度に魘されているらしくて、酷い時はこうして神田が起こしに来てくれる。
それはそれで嬉しいのだけれど、男のくせに情けなくもあり。
何より神田に迷惑をかけてしまっているという事実が、悪夢よりも僕にとっては重大な悩みだった。
起き上がり、じわりと額に浮かんでいた汗を拭うようにして、前髪を掻き揚げた。
知らず口からは重たい溜息が漏れ出て、自然と気持ちは沈んでしまう。
「いつもすみません…」
いつになったらこの夢から解放されるのだろう。
いったいいつまでこんなことを神田に続けさせなければならないのだろう。
考えれば考えるほど深みに沈んでしまう思考を、僕はどうすることもできない。
「謝罪なんて聞きたかねぇよ」
言葉と共に、左側の額の上に柔らかい神田の唇が撫でるように落ちた。
ほんの一瞬のできごとに僕が唖然としていると、少し照れたように頬を染めた神田は、僕に背を向けた。
「そんなこと気にする前に、夢なんて忘れろ」
それだけ言って、神田は完全に明後日の方向を見ている。
不器用な、だけどとても心地よい優しさがうれしくて、僕は小さく笑った。
「はい」
部屋には月灯りが差し込むだけで、もう神田はいない。
拡がるのは毎夜毎夜僕を蝕む悪夢を見せる、暗闇だけだ。
けれど瞼に残るあたたかい感触さえあれば。
僕は夢を、忘れられそうだった。