スイートキス

それは世界で一番甘くて、忘れられない味。



部活もそこそこに、大助は怜の待つその下足室へと向かっていた。
何しろ今日は一大イベント、バレンタイン。
浮き足立った気持ちを何とか押さえ、足早に目指す。
けれどいつもと違う下足室の雰囲気に、大助は思わず立ち止まった。

「受け取ってくれるだけでいいから!」

誰かも知らない女子生徒の声。
恐る恐る覗いてみると、女の子の大群。

大助はそれだけでも驚いたというのに、さらに眼の前の光景に驚くことになった。
なんとチョコレートを持った女の子達に迫られているのは、怜だったのだ。
出るに出られない状況に陥り、おろおろと隅っこをほっつく。

「いや、でも俺には…」
「でも私たちの気持ちだと思って、ね?」

いつになく困り果てている様子の怜が、大助にはとても哀れに見えた。
だからといって今大助が出て行ったところで何も変わらないだろう。
しかしこの状況を黙ってみているのもどこか腑に落ちない。

「とにかく、受け取って!みんなの愛が篭ってるんだから!!」

とうとう一人の女子が痺れを切らせて、怜にチョコを押し付けた。
それが切り札となって、次々に我先にとチョコを押し渡して走り去った。
怜はただ唖然とそれを受け取っていくしか術がなかった。

その様をただ影から見ていた大助は、
暫く怜の元へと出て行くこともできないほどこの状況に混乱し、驚愕していた。
自分が一番に渡すのだと思っていたのに、多くの女子に先を越されてしまい、
挙句の果てには怜が全部それを受け取ってしまったのだ。

何とも言いがたい悔しさに駆られたまま、大助はとぼとぼと怜の前へ歩み出た。

「に、丹羽…」
「日渡君は優しすぎるんだよ」

未だにチョコレートを抱えたまま直立不動の怜に、大助はため息を一つ。
怜はしまった、という顔を一瞬した後、大助にゆっくり近づいた。

「ごめん、丹羽。これは食べないから」

俯く大助の耳元で囁きながら、こつんと頭をくっつけられる。
別にもう大して怒っていなかったのだけれど、それが心地よくて、暫く黙っていた。

やっぱり怜は優しすぎる。

「…だめだよ、食べないなんて」
「え?しかしこれは」
「これは、女の子達の一生懸命や、好きって気持ちが詰まってるんだよ?そんなの捨てる気?」
「まあ、確かにそうだけど…」

いまいち大助の言葉を理解できずにいる怜に、大助は微笑んだ。
もし自分が必死になって作ったチョコレートが、食べられずに捨てられてしまうなんて。
そんなことがあったら、きっと悲しくて仕方がないと思う。
だから食べないのは駄目。だけど、やっぱりそれじゃあ悔しい。

大助は鞄の中から、丁寧に包んだチョコレートを取り出した。
そしてそのまま眉を寄せた怜へと差し出した。

「はい、これ。一晩かけて作ったんだ」
「これを、俺に?」
「うん、そう。日渡君に」

山盛りのチョコレートをひとまず鞄に突っ込んだ怜は、それを受け取った。
大助が恥ずかしそうに微笑むと、怜も心の底から嬉しそうな笑顔になる。

「あのね、女の子からもらったチョコは、全部食べなきゃだめだと思う。
でもそれじゃあ僕は、なんだかその子たちに負けたような気がする訳で…。
だから僕のを、一番に食べて欲しいんだ」

そう、渡すのが遅れてしまったのなら食べてもらうのは一番にすればいい。
これで一勝一敗。引き分けとなるわけだ。

怜は僅かに首を傾けた後、くすり、と笑い出した。

「丹羽の負けず嫌い」
「だって、悔しかったんだもん!!いいよ、どうせ負けず嫌いだよ」
「悪い悪い、怒るな。いいよ、一番に食べる」

まだ可笑しそうな怜は、苦笑しながら大助の渡した小包を開ける。
綺麗にラッピングされたその中からは、小さなチョコとクッキー。
その中でもハート型をしているチョコを選んで、怜はつまみあげた。

「え、何、ここで食べるの?」
「今すぐ食べたいから。では、頂きます」

まさか眼の前で食してくれるとは思っていなかった大助は、
耳まで真っ赤になりながらその様子を見守った。
眼の前で食べられると言うのは、何とも恥ずかしく緊張するものだ。

暫く怜がチョコを食べる音だけが響いていた。
その妙な音の中、大助は期待と不安で拳にまで力が入っていた。

「ん…おいしい」
「ほ、ほんと!?」
「うん、本当」

怜が微笑んでくれたと同時に、全身から力が抜けてしまった。
嬉しさのあまり涙まで滲んで、尚恥ずかしい。

「もう一つもらっていい?」
「うん、いいよ!」

怜の問いにも、まるでふわふわと浮いているような気分で答える。
喜んでもらえてよかった、頑張ってよかった、と真剣に思えた。

怜が再び小包の中からチョコを摘み取って、口へと運ぶ。

「じゃあ、遠慮なく」

形の良い口がチョコを飲み込んでいく。
すると突然怜の顔が間近に近づいてきて、僅かに傾く。
そのまま一気に唇と唇がくっついて、両頬に怜の大きな手が添えられた。

「…んっ!?」

途端に甘い味といいにおいがして、怜の舌と一緒にチョコが侵入してくる。
口内にその甘さを徐々に広げて、幸せばかりを残していく。
頭の芯から痺れるような感覚に陥って、大助も怜に身を委ねた。
今まで味わったことのないような、甘くて深いキス。

ようやく開放されたかと思うと、怜はやけに楽しそうに笑っていた。
大助はというと言葉も出ずにただ、口を手の甲で押さえたまま立ち尽くしていた。

してやられた。
もう一つ、とはこういう意味だったのか。

後から気がついても仕方ない。
大助は今日二度目の悔しさに苛まれていた。

「やっぱり丹羽の方が美味しいかな」
「な、ちょ…!!何だよそれ!!!」
「ごちそうさま」

今までで一番綺麗な笑顔を湛えて、怜は下足室を出て行った。
硬直したまま暫く動けずにいた大助は、慌てて怜の後姿を追う。

口内にはまだ、世界最高のチョコレートが甘さを残していた。

2年前に企画で書いたバレンタイン小説です。
最後のシーンを書きたいが為に考えたようなお話しでした。