目を開けて、一番初めに見上げた景色は何一つ変わっていなかった。
けれど世界は変わった。漂う空気も、揺れる思念も、人の心も。
横たわるベッドの淵に凭れかかって座り込むその姿さえ、変わっていた。
「ブルー」
「なんだい」
立てた足と腕の間に顔を埋めたまま、知らない間にずいぶんと立派になったジョミーが、まるでこの船に来た頃のような幼い、頼りない声でブルーを呼んだ。
ジョミーはその小さかった身体をよくベッドのそばで縮こませて、座り込んでいた。
けれどそれはもう15年も昔の話だ。ブルーが眠っている間に、ジョミーはミュウの長として目覚ましい成長を遂げた。
今では体格もそれなりにがっちりとしていて、身長だってきっと並べばもうブルーより大きいだろう。
「ブルーは、僕がそばにいると…困る?」
途切れ途切れに紡がれた言葉に、ブルーは目蓋を持ち上げて、視線を声のする方に向けた。
「やっぱり、後悔してるんでしょう…。僕をソルジャーに選んだこと」
ぎゅっと自分の腕を掴んで、ジョミーはさらに顔を隠すように沈みこんだ。
どうしてそんな思考に飛んでしまったのか、ブルーにはさっぱり分からなかった。
ジョミーならソルジャーになれると、半ば無理やり選んだのはブルー自身だ。
そしてその期待通りに、ジョミーは今日まで仲間を率いてきてくれた。
それなのに何故ブルーが後悔することがあるというのだろう。
「ジョミー」
「だって僕、結局ブルーに助けられて、ちゃんとフィシスのことも守れなくて…」
ジョミーの声が、小さく震える。
ああ、泣いている。思念を使わなくたって、たとえ声を見なくたって、ジョミーのことなら分かる。
「それに…、っブルー、僕といてもちっとも笑ってくれない…っ!」
零れ落ちた涙が、ジョミーの真っ赤なマントに染み込んでいく。
堪え切れなくて、ブルーは身体を起こしてジョミーの頬に後ろからそっと手を添えた。
「ジョミー、違うんだ。そうじゃない」
びくりと肩を揺らして、ジョミーが僅かに顔を上げる。
こちらをゆっくりと振り返ったジョミーは、瞳にいっぱいの涙を溜めて、ブルーを見上げている。
たくさんの抱えきれないほどの責任をその細い両肩に背負わせて、自分だけ眠っていたことが悔しい。
ジョミーに辛い思いをさせて、苦しませて。
そのことを後悔する気持ちはあっても、ジョミーをソルジャーにしなければよかったなんて、思うはずもないのに。
「僕の気持ちが伝わるかい?僕は決してそんなことは思っていないよ」
「…ぶる、う」
金色に輝く、以前よりも伸びた柔らかい髪に唇を落として、ブルーはジョミーに手を差し出した。
揺らめく翡翠色の瞳がブルーを捉えて、躊躇いながら伸ばされた手が、迷子みたいに空中を彷徨う。
その手を握り締めて引き寄せて、ブルーはジョミーを腕の中に抱き込んだ。
ここに来たばかりの頃よりも肉付きのよい腕、しっかりとした肩。
それでも華奢で薄っぺらい胸が、ブルーにそっと寄り添うように合わさる。
「じゃあ…、なんで?どうしてあなたはそんなに苦しそうなの?」
ブルーの胸元でジョミーの細い指がぎゅっと握りしめられて、瞬いた瞳から涙の雫が零れた。
縋るように掴まれたそこから、ふいに緩んだ心の遮蔽を潜り抜けたジョミーの感情が伝わる。
『僕はあなたに笑って欲しい』
真っ直ぐで、まるで太陽のように温かくて、誰にでも隔たりなく優しくて。
ブルーが地球に行けるように、仲間が地球で幸せになれるようにと、いつも誰かのために必死で前に進もうとしているジョミー。
それはブルーがジョミーをここに縛り付けて、いつ叶うとも知れぬ願いを押し付けたせいなのに。
ジョミーはブルーのために、ミュウたちのために、その笑顔のために地球を目指す。
「君と共に歩めないことが、苦しいんだ」
零れた呟きほどの小さな声に、ジョミーの瞳が大きく見開かれた。
長い睫が涙に濡れて、重たそうに持ち上げられる様をブルーはじっと見つめる。
ジョミーにとって、地球を目指すことはそれ程重い意味を持たないはずだった。
けれどブルーが望んでしまったから、青い星に辿りつくことを願ってしまったから。
自分の願いのために、ジョミー一人が険しい道を歩むのは耐えられない。
そう思うのに、ジョミーを地球へと突き動かすのがこの先もずっと、ブルーのこの願いだけであればいいと思う傲慢な心が熱をもって、ブルーの胸を掻き乱す。
「行けるよブルー。僕があなたを連れて行く」
先ほどまで頼りなく涙で滲んでいた瞳が、強い光を放った。
ブルーを見上げる表情は、ブルーが知らないソルジャー・シンとしてのジョミーだ。
けれどブルーのよく知っている、強靭な意志を孕んだ挫けることを許さない瞳。
もしもこの身体にもっと時間があるなら。
残された時間が少しでも長かったなら、ジョミーと並んで立っていられたなら。
そう思うと、朽ちていく身体が歯がゆくて仕方ない。
もう守る力なんてこの手にはほとんど残っていないのに、それでも失いたくないと強く感じる。
「…ありがとう、ジョミー」
ブルーは腕の中にいるジョミーに微笑んで、そっと額を合わせた。
肌と肌が触れて、ほんのりとジョミーの体温が染み入るように広がっていく。
変わってしまったと思っていた温もりは、ちっとも変わっていなかった。
その瞳が追い求めるものも、意志を支える心も、何もかも。
(僕は、君を選んでよかった)
愛おしいこの光のような子とずっと未来を歩んで行けたなら、どんなに幸せだっただろう。
「連れていってくれ、僕を――地球へ」
きっとブルーには、となりであの青い星を見る未来は来ない。
それでもいつか約束の地へ還ることができると、ジョミーの向こうに、確かに地球を見た。