despiar/hope

※ぬるいですが、モブ臨表現が含まれます。
18歳未満(高校生含む)の方は絶対に閲覧しないで下さい。


薄暗い部屋に灯る小さな黄色い電灯が、ぼんやりと長い影をコンクリートの床に這わせている。
いくつもの影がゆらゆらと蠢き、淀んだ空気と混じり合う感触が陰影の世界にも肌を伝い這い上がる。
随分と前に狂った嗅覚が、それでもこの停滞した空間の腐った空気を感じ取る。

―――何も見えない。
例えるなら、暗くて狭い箱の中に延々と閉じ込められているような感覚。
出口を探そうにも、腕も脚も、もう自分の意志で動かすことができない。
手首に食い込んだ重たい鎖の感覚さえ、もう感じられなかった。

「ん……、あぁ……っ」

大きく開かされた脚の間で、代わる代わる見知らぬ男が荒い息を吐きながら嬉々としている。
けれどその声も遠く、耳触りなのはむしろ開き切った口から洩れる自分の声と息遣いだった。

「すっかり緩みきってるな」
「っ……、あ……」

男の猛ったものが身体を無遠慮に割り開き、思わず喉が仰け反った。
壁に打ち込まれた鎖が反動でガシャリと金属音を立てるが、男は気にした風もなく、自身を埋めきった。
麻痺した粘膜を熱いものが強く擦り上げて奥を突かれる度に、殆ど何も入っていないはずの胃から何かがせり上がりそうになる。

気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
そんな単純な言葉が声にならない。
喉は枯れ切って、息をする度に焼けるような痛みを連れてくるだけだ。
それでも息をしている。息をしなければならない。
いっそ、このまま息をすることを止めたいと何度も思った。

「ちょっとは絞めてみろ、ほら!」
「ひ……っ、や……ぁ」

強引過ぎる律動に、意志を伴わない身体がガクガクと床の上をのたうった。
頭の傍に立っていた別の男が、下衆な笑い声を上げながら頬を数度打つ。
激しい痛みに、もう何度目かも分からないけれど、意識が遠のく。
どこもかしこも痛い。
痛くて、苦しくて、けれどどこにも出口はなかった。

ただ唯一の救いは、この世界が暗闇だったことだ。
目の前に広がる受け入れがたい現実を見なくていい。
頭の中でだんだんと薄れてゆく微かな残像が、何もかもを覆い隠してくれたのだから。

「―――し、……ちゃ………」

どこまでも続く暗闇の中でも、ずっと小さな光だけを―――。


***


臨也が帰らない。
そんな連絡が、秘書の波江から新羅の元へと届いた。

『一週間ほどの長期の仕事になるからと言って出て行ったのだけど、もう三週間くらい経つわ。あいつなら死にはしないと思うけど、最近どこかからか圧力を掛けられていたみたいだから』

非常に不本意そうに言った波江は、心当たりはないかと新羅へ問うた。
けれどそもそも臨也が新宿にいないことさえ知らなかった新羅には、知りようのないことだった。
行き先は都内だったそうだが、さすがに心配になって新羅は共通の知り合いを片っ端から当たった。
けれど誰ひとり臨也の所在を知る者はおらず、とうとう新羅は静雄に連絡を入れた。

『知らねぇ。そういや、池袋でも最近見かけねぇな』
「もしかしたら、何かの事件に巻き込まれたかもしれないらしいんだ」

臨也を探すには、正直な話どんな情報網よりも静雄の第六感の方が信頼できる。
僅かな希望に掛けて、新羅は協力を仰いだ。
しばしの沈黙の後、静雄は大きな溜息を吐いて、分かったと告げて電話を切った。
新羅の抱いていた希望には、確信があった。
きっと静雄は頷くだろうと。

そして新羅は今、都内の廃ビルの中にいる。
いつも通りの出で立ちで、寒空の中バーテン服を纏った静雄が新羅の前を歩く。
その少し後ろには、万が一静雄が暴走した時の保険として、セルティがついている。

嫌な予感しかしない。
静まり返った通路の先にきっちりと閉ざされた扉を見つけて、新羅は生唾を飲んだ。

「おい、新羅。ここだ」
「うん、僕が臨也の秘書にもらったデータと一緒だ」

それまで口を一切開かなかった静雄が、低く言った。
小さく頷くセルティの手元を覗きこみ、PDAに表示された地図と照らし合わせて新羅も頷く。

「臭いやがる。それも、とびきり嫌な臭いだ。間違いねぇ」

苦虫を潰したような表情で、静雄は拳を構えた。
そして次の瞬間、鉄の重い扉がまるで玩具のつみきのように宙を舞った。

初めに目に飛び込んだのは、古臭い蛍光灯の光の中を蠢く影だった。
次第に明らかになっていく光景の中で、吹っ飛んだ扉の下敷になった男の前で静雄がゆらりと揺れた。
そして思わず、新羅はセルティの視界を塞ぎたい一心で、身体を引き寄せて扉に背を向けさせたまま抱きしめた。

裸体を晒した複数の男の間で、臨也と思しき人間の体が力なく横たわっていた。
腕を鎖で繋がれ自由を奪い、黒い布で視界を塞ぎ、男に組み敷かれた抜け殻のような体が、あの臨也だった。

「だ、誰だてめぇら!」

臨也の口に自身を突っ込んでいた男が、真っ先に事態を把握して臨也から離れた。
けれど男は服を身に纏う隙も与えられぬまま、静雄の容赦ない暴力に倒れた。
次いで臨也を組み敷いていた男の頭部を殴り飛ばし、男を気絶させる。
室内にいたのは、たった三人だった。

「セルティはここにいて」

そう言い置いて、新羅は室内へと足を踏み入れた。
鼻につく嫌な臭いに思わず口元を覆ったが、歩みは止めない。
静雄は黙ったまま、上がった息を沈めながら、臨也の足元で意識を失った男を引きずり剥がした。

「ひ、あぁ………っ、あっ……」

まだ挿れられたままだったためか、引き抜かれた衝撃で臨也が微かに声を上げた。
ビクン、と震えた内腿は、そのまま力を失って動かなくなった。

「―――生きてる」

抱えていた男を乱雑に放り投げた静雄が、小さく口を開いた。
声を荒げることもなく言った静雄の表情は、新羅からは見えない。
あまりに唐突すぎるその言葉に、新羅は一瞬反応が遅れた。

「あ…、ああ、うん、そうだね。でもすぐにでも治療しないと。私は応急処置の準備をするから、静雄は臨也を」
「ああ」

短い意思の疎通で全てを理解したのか、静雄は真っ直ぐ臨也の傍に駆け寄った。
静雄でなければ臨也を繋いでいる鎖を壊すことができない。
その間に新羅は床に落ちていた見慣れた黒いコートを拾い上げ、何か使えそうなものがないか薄暗い室内を探し歩いた。

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