序章

刺すように冷たい雨が、池袋の街を覆っていた。
いっそ雪になってしまえばまだきっと寒さは和らいだのだろうが、傘から零れた雫がじわじわと体を浸食し、指先はいつの間にか白く冷え切っていた。

「ねえ、もう終わりにしよう」

雨音に掻き消されそうなほどに小さな声が、震える唇の隙間から漏れ出た。
血の気の失せた唇は、尚も言葉を紡ぐ。

「これ以上一緒にいたって、いいことなんて一つもない。そもそも間違いだったんだよ。…君と俺が、なんて」

降り続ける雨粒を受ける傘に隠れ、表情は見えない。
ただ、不自然に歪んだ薄い唇だけが小さく動いている。
それで十分だ。決して驚くことはない。
偶然か、それとも必然か、最後の最後で自分の思考と目の前のこの男の思考は重なり合っていたのだ。
認めたくないがためにずっと背を向けていた考えに、ようやく目を合わせることができただけのこと。

「……そうか」

冷たい指先をポケットに捻じり込んで、傘を持つ手に力を込めた。
どうしようもない。確かにこれ以上こんな関係を続けたって、不毛なだけだ。
何より、それで臨也が救われるというのなら、望んで受け入れるつもりだったのだ。

―――いや、違う。
心の中でざわざわと浸食を続ける言い訳を、下唇を噛んで否定する。
望まれたから受け入れるだなどと、よくも都合の良いことを言えたものだ。
このまま精神を疲弊させていく臨也を見ていられず、かといってどうすることもできない自分の非力さにこそ、自分は見ないふりを決め込んでいたのではないか。
こうなることを、自分こそがどこかで望んでいたのではないのか。

「もう、二度と来ねぇよ」

低くそう言って、来た道を静かに辿り始めた。
二度と、もう二度とこの道をこうして歩くことはない。
それが、静雄が出した答えだった。

最後まで視線を下げはしなかったけれど、臨也の表情は一度も見えなかった。
けれど、それで良かったとさえ静雄は思う。
決意が揺るがない内に、早くこの場を立ち去ってしまいたい。
急く気持ちに呼応して、地面の水を跳ね上げる靴音の間隔が早くなる。

絶対に振り返りはしない。
それが、それだけが、静雄にできる精一杯の優しさだった。

ぽつりぽつりと明かりを灯す街頭の黄色い光が、雨に濡れたアスファルトにぼんやりと映る。
雨音の響くアスファルトに落ちる影は、ひとつ―――。


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なぐ様(pixiv)とのリレー小説。
序章担当:なあお

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