#01 Nothing
「チビナス。誕生日に何が欲しいか考えておけ」
執務室に呼び出されたかと思うと、威厳たっぷりの態度で祖父が言ったのはそんな一言だった。
「チビナスって言うな。俺はもう子供じゃねぇんだぞ!」
「とにかく、ちゃんと決めておけ」
サンジのお決まりの文句はさらりと受け流し、この国で最も大きな権力と名声を持つ国王ゼフは、言いたいことだけ言ってサンジを部屋から追い出してしまった。
ぽいっと放り出されたサンジは非常に反抗的な足音を立てながら、広い廊下を自室に向って歩き出す。
いつまで経っても過保護で子供扱いをする祖父が、サンジは嫌いだ。
尊敬していない訳ではないし、いつかはゼフのような立派な王になりたいと憧れるくらいだから、本当の意味で嫌いなのではない。
もう今年で17歳になるのに、祖父はサンジのことをまるで駄々っ子のように見る。
確かに今は少しばかり反抗期気味ではあるが、もう聞き分けのない子供でも、何も知らない馬鹿でもない。
「……考えろって言ったな、ジジイ。だったら考えてやろうじゃねぇの」
サンジはにやり、といたずらを思いついた少年のような顔で笑って、くるりと方向を変えた。
誕生日プレゼントと銘打ってわざわざ欲しいものなんて特にない。
けれど暇な日々への僅かなスパイスにくらいはなるだろう。
丁度部屋に籠って本を読むことにも飽きていた頃だ。
サンジはどこへ行っても同じような内装の廊下を黙々と歩き、へんてこな鼻の発明家がいる部屋を目指す。
彼はまだ若いけれど、日々無駄なものから何かと役に立つものまで、色々と発明してしまう結構すごい人だ。
おまけに気立てはいいし、何だかんだといいつつサンジの遊びに付き合ってくれる。
この際だから、長い変な鼻には目を瞑ろう。
「おいウソップ、いるんだろ?街に行こうぜ!」
できれば踏み込みたくないので扉は開けず、サンジは彼の研究室の外からノックをする。
しばらくすると扉が開いて、隙間から例の長い鼻がにょきっと現れた。
「俺を誘うなよぉ!バレたら俺まで怒られるじゃねぇか!」
「なんだよ、俺が誘ってやってんのに断る気じゃねぇだろうな。あァ!?」
「ひいいいぃぃ!わ、わかった、行く!行くから蹴らないでくれ!」
片足を上げて得意の足技を構えると、国のお抱え発明家ウソップが大袈裟なほど脅えて長い鼻を扉の奥に引っ込めた。
大人ってちょろいもんだ、とサンジはポケットに手を突っ込みながら蹴りの構えを解いた。
白衣を脱いで出てきたウソップを伴って、手頃な窓から身軽に庭へと飛び降りる。
普段は城の敷地内から出ることを禁じられているので、滅多に街には出向けないので楽しみだ。
サンジはうんと昔、まだ6歳かそこらの本当に駄々っ子だった頃、城内で起きた謀反の事件に巻き込まれて片目を失ってしまった。
おまけにそれ以前の記憶もショックで失ってしまったらしく、幼い頃の記憶は非常にあやふやだ。
父親を目の前で殺されたからではないか、と医者には言われたけれど、記憶を無くしてしまったサンジには死んでしまった父親のことも、何の感慨もないものとなってしまったのである。
おかげでゼフをはじめとする城の者達はみんな、サンジに過剰なほど過保護になった。
やれ城から出るな、部屋の前には警護を立たせろ、常に護衛を側に置け。
そんな風に育てられたサンジは城を少し窮屈に感じていて、時折脱走してはゼフに叱られている。
「なあ、サンジ。どこ行くんだ?」
「欲しいものを探すんだよ。ジジイがうるせぇからな」
「欲しいもの?ああ、誕生日だもんな、もうすぐ」
こそこそと広い庭の中を通りぬけて、新たに見つけておいた街への抜け穴を目指す。
道すがら小さな声で話しかけてくるウソップに律儀に答えながら、小さな穴をするりと抜ける。
脱走する時のためにと隠しておいた長いロングコートを羽織って目立つ洋服を覆うのを忘れない。
この国の城下町はゼフの政治が上手いおかげで栄えているため、一度紛れ込んだら見つかることはまずないが念には念をと言うし、あまり高価な洋服を着ていると悪目立ちしてしまう。
「また盛大な誕生日パーティーをやるんだろ?」
「やんなくていいって言ってんのに、あのクソジジイ俺の言うこと無視しやがんだよ」
御馳走の山を想像して目を輝かせるウソップに、サンジは呆れたように溜息を吐いて、ずかずかと街へと向かって歩き出す。
まだ服の裾に着いた草や汚れを払っていたウソップが、慌てて後を追ってくる。
城のすぐ袂に位置する城下町は、本当に様々な品物が売られていて、近くに港があるおかげで舶来品などもお目にかかることができるのだ。
活気溢れる街を見るのはサンジに平穏を感じさせて退屈だが、国が安定している証拠だと思うと安心もする。
それにこの目でいつか自分が治めることになる国の姿を見ておくのも悪くないと思うのだ。
「いいじゃねぇか。王様はサンジを喜ばせたい一心でやってんだからよ」
「それが迷惑だって言ってんだよ。この歳にもなって誕生日プレゼントなんて…」
「祝ってもらえるって、嬉しいことだろ?それにくれるっていうもんはもらって損しないしさ」
確かにウソップの言うとおり、くれるものはもらっておいたらいいのかもしれない。
でもゼフはいつからか、サンジに欲しいものを考えろと言うようになった。
何が欲しいのかを自分で考えてゼフに告げるのが、いつの間にか誕生日の決まりになっていた。
いつからそうなったのかはあまり覚えていないけれど、きっと10歳を過ぎたころからだ。
けれどなぜか、サンジには欲しいと思うものがなかった。
元々裕福な身分に生まれたから、ものには不自由しなかったからかもしれない。
それにしても物欲がないと、自分でも少し心配になるくらい欲しいものがない。
お美しい家庭教師のロビンちゃんがいて、国の財政を一手に握るやり手のナミさんがいて、馬鹿に付き合ってくれるウソップがいて、可愛いのに有能な王室付き医師のチョッパーがいて―――そして、唯一の肉親であるゼフがいて。
みんなが元気でいてくれるのに、これ以上何を望めばいいのか分からない。
自分が何をしたいのか、自分に何が足りないのか分からない。
だからサンジはゼフのくれる「プレゼント」が本当は嫌だった。
自分に欠けているものを見つけろと言われているような気になってしまうから。
「いいよなぁー。俺も一度でいいからすんげけぇプレゼントもらってみてぇよ」
そんなことを隣で夢見がちに呟くウソップをちらりと見て、サンジはほんの少しその楽天さが羨ましくなった。
2009.03.02
written by Ayami