#02 Urge



街の中を目的もなく適当にぶらぶらと歩いて、時折目に留まったものを眺めてはまた歩き出す。
ウソップがしきりに何かを喋っているが、サンジの耳にはあまり入ってこないまま通り抜けていく。
特に珍しいと思うものもないし、手に取ってまで見たいと思う品物なんて食材くらいだ。
サンジは料理に関することとなると目がないけれど、王室の台所ともなると足りない道具なんてないし、城の図書館には読み切れないほどの膨大な本があるから、改めて新しい料理の本を買う必要もない。

(俺って単なる贅沢者なのか?)

欲しいものが思いつかないのは、既に全部が揃っているからなのだろうか。
それはそれで非常に嫌な人間になり下がっているのではないか。
サンジがとうとう自分の人間性を疑い始めた頃、ウソップがコートの裾を二、三回くいくいと引っ張った。

「なあ、サンジ。あそこの人だかりなんだろうな。ちょっとすごくねぇか?」

暗く細い路地を通りぬけた先にある少し広がった場所に、大きな人だかりが見えた。
ウソップの指す先を見ながら、あれは一体何の騒ぎかと一緒になって首を捻る。

「な、何かあったんじゃねぇだろうな」
「気になるなら行けばいいだろ」

途端に脅え出したウソップを無理矢理引きずって、少し湿った狭い路地を歩く。
本当によからぬ事件が起こっているなら王族として市民を助けなければならないし、何か面白いものが見られるなら暇を持て余す今の自分には持ってこいのイベントだ。

路地を抜けた先には、サンジと同じような身の丈ほどもあるコートや外套を羽織った人の集まりだった。
近くで見るとその異様さがより一層際立って、サンジは眉を顰めた。
人の群れは綺麗な半円になっていて、中央に立つこれもまた怪しげな風貌の男を取り囲んでいる。
その後ろに見えるのは、古ぼけた木製の馬車だ。大きな布で覆われた積荷が何なのかは解らない。

「やべぇ…、まずいもんに遭遇したぞ」
「何が?」

大きく目を見開いて後ずさるウソップに、サンジが振り返る。
ウソップはもうその場から動けなくなったのか、がくがくと足を震わせながらサンジの腕を引いた。

「……こりゃ、人身売買だ。帰ろうサンジ!」
「じん、しん…」

人身売買、つまりは人間を奴隷として売りさばいたり、それを買ったりすること。
サンジだってこの国で未だ根強くそれが蔓延っていることくらい、学んで知っている。
ゼフが奴隷という概念を国民の中から排除する方法はないかと、いつも頭を悩ませているのだから。
けれど所詮守られた城に住んでいたサンジにとって、人身売買とは机上の話であった。
まさかそれをこの目で見てしまうことになるなんて、思いもよらなかったのだ。

「さあ、今日はいいのが入ってるぜ!働き盛りの男だ。いい筋肉もついてる」

中央に立っていた男が、控え目だがこの場にいる者には聞こえる程度の声で言った。
バイヤーであろう者達が口ぐちに商品を出せ、早く見せろ、と言っているのがサンジにも聞こえる。

「顔よし、身体よし、何に使っても文句は言わせねぇ!」
「まずは70万ベリーからだ。買いたい奴は意思表示してくれよな!」

馬車の側に立っていた男が、布を大袈裟なアクションで大きく取り払う。
中から現れたのは、四面が鉄格子の大きな檻が二つ。
競りに掛かっていると思しき男だけが、少し小さめの檻に一人で入れられている。
中央で声を張り上げた男に続き、次々と半円の中から値段を釣り上げていく声が聞こえる。

「サンジ、サンジ?」

サンジはただ、真っ直ぐ檻の中で前を見据えている男を見ていた。
身体を覆うのは綺麗で逞しい筋肉。
太い腕と首はにび色にぎらりと光る鉄の輪と鎖で戒められている。
それでも男の身体は鎖を今にも引きちぎるのではないかと思わせるほど、獰猛な印象を与える。
何よりもその男の引き締められた薄い唇と、切れ長の細い琥珀色のような瞳。
それがサンジを捉えて、足がぴったりと地面にくっついてしまったかのようだ。

「………っ!」

ぎらり、とまるで野生の猛獣のような鋭い瞳が、人垣を越えてサンジを見た。
そのまま視線が絡み合ったまま、解けなくなる。
喉が渇いて息をするのが苦くて、焼け付いてしまいそうだ。

「今の最高金額は630万ベリー!これ以上はねぇか?」

ざわめく人の波に向って、唐突にサンジは足を踏み出した。
ウソップが引き留める声も今のサンジの耳には一切入ってこなかった。
澱みなく一直線に中央に向って歩くサンジに、何事かとバイヤー達の群れが道を開ける。
やがて先ほどまでのどよめきが好奇な色に変わったころ、サンジはぴたりと歩みを止めた。


「―――俺がそいつを買う」


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2009.03.05
written by Ayami